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製造業の生産計画業務におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)の成功事例をご紹介します。
本記事では、インクカートリッジ製造を手掛けるある中堅メーカー(ジット株式会社)のケースをもとに、従来Excelに頼っていた生産計画をシステム化し、属人化の解消や計画業務時間の大幅短縮、さらには日次ローリングによる柔軟な計画運用を実現したプロジェクトの経緯と成果を解説します。
IT専門知識のない経営者の方でも理解しやすいように、現場の具体的なプロセスに沿って噛み砕いて説明します。現状の課題に心当たりがある経営者の方は、ぜひ自社の改善ヒントとして読み進めてください。
まず、システム導入前の生産計画業務の状況を整理します。対象企業では、生産計画はExcelとERP(基幹システム)の併用で行われており、一人のベテラン担当者に大きく依存していました。主な課題は次のとおりです。
以上のように、Excelに依存した属人的プロセスは非効率かつ不安定であり、経営的にも「このままではまずい」という危機感がありました。
そこで同社では、生産計画業務のDXに着手し、「属人化の解消による標準化」と「計画策定時間の大幅短縮」を最優先課題としてシステム導入による解決を目指すことになりました。
生産計画のシステム化にあたり、一つの論点となったのが「既製パッケージソフトの導入」と「自社向けフルスクラッチ開発」のどちらを選ぶかでした。結果として同社は後者を選択しますが、その理由は以下の通りです。
以上より、「自社の課題に最適な解」をスピーディーに得る手段としてフルスクラッチ開発によるDXに踏み切ったのです。
では、実際にどのように業務フローを変えたのか、新システム導入後の生産計画プロセスを具体的に見ていきます。新システムでは日次ローリングによる計画立案を核に、受注・在庫データの取り込みから生産計画の自動計算、現場調整、そしてERPへの反映までを一連のサイクルとして回すようにしました。
ポイントは「自動化できる部分は極力自動化し、必要な最終調整のみ人手に委ねる」というメリハリです。以下に日次で実施するフローをステップごとに説明します。
STEP1:受注データの抽出(毎日)
毎営業日の朝、まず最新の受注情報をERPからCSV形式でエクスポートします。当日以降の全受注データ(確定受注の品目コード、数量、納期など)が対象です。この処理は従来からERP上で行っていた月次データ抽出を日次サイクルに置き換えたものです。
STEP2:在庫データの抽出
続いて、最新の製品在庫残高もERPからCSV出力します。各製品の現在庫数や安全在庫情報を取得し、計画立案時に過剰生産を防ぐための基礎データとします。
STEP3:データ取込(自動)
上記で出力した受注CSVと在庫CSVのファイルを所定のGoogleドライブフォルダにアップロードすると、それをトリガーにGoogle Apps Scriptのバッチ処理が動き、両CSVを読み込んでスプレッドシート内の「受注データ」シートおよび「在庫データ」シートに最新情報を転記します。
この取込処理は毎日早朝の定時にも自動実行されるよう時間トリガー設定しており、担当者が出社する頃には当日以降の新データがシートに反映されている状態を作ります。
STEP4:生産計画の自動立案(自動)
データ取込完了後、続けてApps Scriptが計画立案アルゴリズムを実行し、各製品の推奨生産日程・生産数量を自動計算します。
アルゴリズムは受注要求を満たすことを第一目的に、需要予測・受注量、現在庫、安全在庫、ロットサイズなどの情報から各日の生産スケジュール案を生成します。この際、敢えて人員や設備のリソース制約は考慮せずに計算し、「需要に対応するには本来これだけ作る必要がある」という理想ベースのスケジュールを出すのがポイントです。
こうすることで、まず需給バランス上最も合理的な生産量が提示され、属人的なバッファや抜け漏れのない客観的な計画案が得られます。
STEP5:生産計画案の確認・調整(人手)
自動算出された計画案はそのままでは人間側の制約を無視しているため、ここで生産計画担当者(プランナー)が内容を確認し、必要な修正を加えます。具体的には、現場の状況(各ラインの稼働状況、作業者の技能やシフト、設備メンテ状況など)や調達リードタイムなどを踏まえ、実行可能なスケジュールに調整します。
例えば「この日は人手が足りないのでA製品の生産日を翌日にずらす」「こちらのラインはメンテ日なので別ラインに振り替える」といった微調整です。自動計算により骨子の部分(需給バランス)は最適化されていますので、担当者は例外対応的な調整に専念でき、計画策定の作業負荷は大幅に軽減します。
STEP6:生産計画データの出力
担当者による調整後、確定した日次生産計画をERPに反映するためCSVファイルにエクスポートします。Googleスプレッドシート上にメニュー操作でCSV出力を行うスクリプトを用意しておき、ワンクリックで当日以降の計画をCSV形式でダウンロードできるようにしました。
なおこの出力処理はあえて自動バッチには組み込まず、担当者の手動操作(判断)で実行するようにしています。人間のチェックを経ずに自動で計画が確定反映されてしまうことを避けるためで、計画担当者が「問題なし」と判断したタイミングで出力する運用です(将来的には承認フロー付きの自動化も可能です)。
STEP7:ERPへの計画反映
最後に、出力された生産計画CSVをERPの所定画面でインポートします。これによりERP上の製造オーダー/スケジュールが更新され、現場(製造ライン)には最新計画が展開されます。ここまでで一連のサイクルが完了し、あとは日々この手順を繰り返すことで日次ローリングによる計画更新運用を回していきます。
CSVファイルの受け渡しは自動連携ではなく担当者のオペレーションに依存する構成ですが、逆に言えば既存ERPを改修することなく連携できる利点でもあります。多少の手間は発生しますが、日々のルーチンとして定着すればさほど負担にはなりません。
以上が新システムで実現した日次の計画フローです。ポイントは「毎朝最新データで計画を自動計算し、人手で微調整して即ERP反映」というサイクルを確立したことにあります。特に、これまで月1回だった計画立案を日次サイクルに転換したことで、現場対応力が飛躍的に向上しました。
また技術面では、Googleスプレッドシートを主要なデータストア兼UIとして活用し、Apps Scriptで自動処理を実装した点が特徴です。スプレッドシート上には「受注データ」「在庫データ」「生産計画案」「マスタ設定」など複数のシートがあり、ユーザーはブラウザからそれらを閲覧・編集します。Apps Scriptのコードは当該スプレッドシートファイルに紐づいて保存されており、定時実行やメニューからの手動実行を組み合わせて業務ロジックを実装しました。
このように既存の表計算ツールをそのまま操作画面として使えるため、開発コストを抑えつつユーザビリティも確保できています。
システム導入後、現場(生産管理担当者および製造ライン側)にはどのような変化があったのでしょうか。
まず、生産計画担当者(プランナー)の反応です。導入当初こそ「本当に自動計算に任せて大丈夫か」という不安もありましたが、自分がこれまでExcelで行っていた計算ロジックがそのままシステムに再現されていること、そしてシステムが提示する計画案は需要と在庫のバランスが取れた合理的なものであることを確認し、すぐに信頼を寄せるようになりました。
むしろ「もっと早く欲しかった」という声が出たほどで、特に面倒なデータ集計や需給計算をしなくてよくなった点は大きな解放感につながりました。担当者は計画微調整と関係各所との調整コミュニケーションに集中できるようになり、「作業に追われる状態から、考える余裕が生まれた」とのことです。
属人化していたノウハウがシステム上に見える化されたことで、同僚への引き継ぎやチーム内の情報共有もスムーズになりました。「もし担当者が交代しても、これなら回る」という安心感が組織に生まれたのは大きな成果です。
製造現場(ライン長や作業者側)からもポジティブな反応が得られています。従来は月間計画が途中でしばしば変わるとはいえ、タイムリーさに欠けていたため現場から見れば計画と実態にズレがある状態も起こっていました。
例えば急な追加受注があっても、生産計画がすぐには反映されないため直前になってバタバタとライン変更…といった経験もあったようです。それが日次ローリング運用に変わったことで、「毎朝最新の計画がERPに反映されている」状態となり、現場は常にアップデートされた指示をもとに段取りできます。
計画変更が日課として定着したことで、「想定外の変更」に振り回されることが減り、結果として納期遵守率の向上にもつながりました(急なオーダーにも計画が即座に対応するため、納期遅れが発生しにくくなった)といいます。
また、新システム導入をきっかけに部署間の協力体制も強化されました。生産計画が常に最新化され共有されることで、製造部門と営業・受注担当との間で「今このオーダーを入れるといつできるか」のコミュニケーションが取りやすくなりました。営業は毎日一定時刻までの受注が翌日以降の計画に反映されることを理解しており、計画担当者もその締切を基に業務を進めています(いわゆる受注のカットオフ時間を明確化)。
これにより、「受注が来たから現場に無理を言って今日中に生産してくれ」といった属人的な調整依頼が減り、ルールに基づく安定運用が定着しました。資材調達部門も、日次計画に合わせてERP上で毎日MRPを回す運用を取り入れるなど、全社的にサプライチェーンの動きを細かくキャッチアップする流れが生まれています。
総じて、現場からは「計画業務がブラックボックスでなくなり、組織として運用できるようになった」「データに基づいた計画なので説明もしやすく、現場の納得感が高い」「頻繁な計画見直しにもシステムがサポートしてくれるので精神的余裕ができた」といった声が聞かれています。属人化からの脱却により生まれた効果は、単に効率が上がっただけでなく現場のマインド面の安定や信頼関係の向上にも及んでいるようです。
次に、導入後に得られた具体的な成果を定量的な面から整理します。
以上のように、本プロジェクトは生産計画業務そのものの効率・精度向上だけでなく、周辺業務や経営指標にも好影響を与える結果となりました。特に計画担当者の負荷軽減と生産現場の柔軟性向上という両面で成果を出せたことは、DX投資のROI(投資対効果)としても十分評価できるものです。
本ケースは市販パッケージではなく自社特化のスクラッチ開発で成功を収めましたが、その過程ではいくつか一般的なシステム導入とは異なる工夫や苦労もありました。
STEP1:暗黙知の形式知化が最大の山場
属人化業務のDXでは避けて通れませんが、やはり一番のポイントは「人の頭の中にあるロジックを如何に引き出してシステムに落とし込むか」でした。生産計画担当者が長年培ってきた勘所や計算ルールを、開発者がヒアリングと現行Excel解析を通じて紐解き、それをアルゴリズムとして定義していく作業です。
例えば「どの製品を優先して生産するかの判断基準」「在庫が何日分切ったら増産に踏み切るか」といった属人判断を明文化し、計算式やフロー図で表現して初めてプログラミング可能になります。この要件定義作業には現場担当者の協力が不可欠であり、プロジェクト序盤の要件すり合わせ(現行分析とTo-Be業務像の策定)に十分な時間を割きました。
幸い担当者の協力意欲が高く、自分の知見がシステムに再現されることへの期待もあってスムーズに進みましたが、ここがうまくいかないと「せっかくシステムを入れたのに役に立たない」という事態にもなりかねません。裏を返せば、現場の知恵を凝縮したシステムだからこそ現場にフィットし成功したとも言えます。
STEP2:人間とシステムの役割分担の割り切り
前述のとおり、本システムでは自動化と人間の判断をバランスさせる設計を採りました。高度なパッケージであれば人員シフトや設備メンテナンス予定まで全部織り込んで完全自動スケジューリング…といったことも可能かもしれません。しかしそれを目指すと非常に複雑な最適化問題となり、開発コストも膨大になります。
そこで本プロジェクトでは「需要対応の部分は機械に任せ、最終調整は人間が担う」という割り切りをしました。自動計算ステップではリソース制約を一旦無視することでアルゴリズムを簡素化し、高速処理を実現しています。一方、現場の人手や設備都合といった数値化しにくい部分は人が目で見て調整する。
このアプローチにより、80点の計画を数分で出し、残り20点分を人が仕上げるという実用的な解に落とし込めました。結果として「自動化率100%」にこだわらない分スピーディーに効果を出せ、現場も役割分担を明確に理解できたため混乱も生じませんでした。
STEP3:既存リソースのフル活用とシンプルな連携
システム間連携については、敢えてリアルタイムなAPI連携は行わずCSV連携に留めた点が特徴です。
一般的にはシステム導入となると「ERPと新システムをAPI連携しよう」「自動で双方向連携させよう」と考えがちですが、中小企業の場合そこまでやると費用対効果が合わないことも多々あります。本ケースでは人がCSVを介して橋渡しする方式としましたが、これで実運用上特に大きな問題は起きていません。
むしろ担当者が自らデータを確認・投入するプロセスがあることで、「知らない間にデータが勝手に同期されていつの間にか計画が変わっていた」という不安もなく、現場的には安心感があったようです。必要最低限の自動化に留めたことでシステムがブラックボックス化しなかった点も良かったと言えます。
STEP4:低コスト開発ゆえの技術的制約への対処
Google Apps Script+スプレッドシートでの実装は手軽な反面、実行時間やデータ量に一定の制約があります。他のクラウドサービスと比べ高速な処理は得意ではなく、複雑な最適化計算をさせるには不向きです。本プロジェクトでも、当初はごく簡単なヒューリスティック(経験則ベース)の計算法からスタートし、必要に応じて段階的にロジックを高度化していきました。処理時間が長くなりすぎないようアルゴリズムを工夫し、計算量を削減する取組も行いました。
その甲斐あって、1600品目規模でも数分以内に日次計画案を生成できています。もし将来さらなる高度化が必要になった場合でも、まずは現状動いて価値を出しているという状態を確立できたことは大きいです。「完璧を追求するより、まず動くものを作り、小さく改善を重ねる」姿勢が奏功した例と言えます。
以上が、導入プロジェクトを通じて見えた一般論との違いや苦労ポイントです。まとめると、現場ノウハウ重視のシステム設計、自動化と人手の適切なハイブリッド、過度に凝らないシンプル連携、そしてスモールスタートで徐々に改善――これらが中小製造業のDXを成功させる鍵だと分かりました。
本事例から得られた知見には、他の製造業様でもすぐに活かせるヒントが多数あります。最後に、経営者の方に向けて即実行可能なノウハウをいくつか提言します。
以上、すぐに実践できるポイントを挙げました。中小〜中堅規模の製造業でも、アイデア次第で安価かつ短期間に業務改善を実現できることがお分かりいただけたかと思います。
本事例のように、自社の実情に即したDXに取り組めば、属人化の解消や生産性向上といった確かな成果を得ることができます。
ぜひ自社の状況を振り返り、できるところからDXの一歩を踏み出してみてください。あなたの会社の生産計画業務にも、きっと改善の余地とチャンスが潜んでいるはずです。